だいすきの備忘録

140文字じゃ足りないこと

「嵐ファン」を辞められなかった話




昨日、嵐のファンクラブを更新してきました。






あと1年、胸を張って嵐ファンで居られること。






靄が晴れた。すっきりした。ホッとした。







本当は更新せずに切るつもりで、2ヶ月以上振込を滞らせていました。(ごめんなさい)





何故なら、「嵐ファンを辞めよう」としていたからです。





うーん、正確に言えば、「嵐ファンを辞めないといけないと思ってた」から、かな。




こうやってキチンと気持ちの整理を終えてはてなブログに来るまでに、結構な時間がかかりました。





昨年とあるコンサートをきっかけに、2つの大きな沼にドボンしてしまったことが事の発端…




では、なかったと思います。





嵐が20周年も近付いて、抜群の安定感を誇ってアイドルという仕事に慣れていたのと同じように、私自身嵐を応援することに慣れていた、もっと言えば退屈していたのかもしれません。




嵐がどう、じゃなくて、私自身の気持ちが変わったんです。




よく言う「嵐は別格」的なニュアンスで、嵐を自分のなかで勝手に昇華させて特別視したわけじゃない。

でも、ただ単に「冷めた」って一単語で片付けられるほど単純でもなくて。





何よりきっと、嵐のファン活動が自分の中で限りなく義務的・業務的に近いものになってしまっていたように思います。




そんな中で出会った青臭い彼らは、今まで嵐以外目に入れようともしてこなかった10年ちょっとを悔やむくらいに、まだまだ発展途上で現在進行形でアイドルとしてもがいていて。



そんな彼らに、アイドルを応援するということの根本をここにきて改めて教えてもらって。



嵐を応援していながら、それらは不覚にも完全に忘れきっていた気持ちでした。




幼い頃に見て初めて好きになった嵐は、気付けばその背中が余りに大きく遠くなってしまっていました。


彼らは、私が会いに行くようになってから今も、ずっと1番輝かしい場所に立ち続けていて。




私は幼い頃から何も分からずに彼らをボーッとテレビの前で応援していたけど、あそこに辿り着くまでの紆余曲折、沢山の苦悩と栄光を、もっと渦中で見守りたかった。一緒に喜んで泣きたかった。




「彼らが」大きくなった、じゃなくて、「私たちと」大きくなった、って胸を張って言いたかった。




あと5年早く生まれていれば…って、そんな後悔がいつも自分の中にあったんです。




だからこそ、そんな私が見たくても見る事の出来なかった、まだまだ夢の途中に居る風磨くんやSixTONESを追っかける毎日は、余りに忙しなくて、刺激的で。




嵐に比べて遥かに多い現場に加えて、少クラ・ドル誌・遭遇に見学に絶えない情報…




いつしか溜め込んだ嵐のレギュラー番組を消化することもなくなり、誰が何のCMに出てるかすら分からなくなって。

(分かりやすい例を挙げれば、しやがれは去年は風磨くんが智くんのコーナーに出演した回とSexy Zoneゲスト回しか自分で観るという意志を持って観ませんでした)





そんななかじゃ当たり前です、昨年末のアユハピツアーが外れてしまったことに対しても、簡単に諦めがついてしまって。



「嵐の現場に行くことも無くなるのかなあ…」そう薄らと思いました。



がしかし。
皮肉なものですよね、友達の縁あってチケットが回ってきて。チケットを譲ってくれた、降りきったジュニア担の友達は私が悩むのを見計らっていたけど、本当にぎりぎりまで悩みました。



「こんな心理状態で私なんかが行ってもいいものか」
「行けば何が変わるかもしれない」
その狭間で毎日悩んで、結局私は12月3日にドームに居ました。本当に自分ってば面倒臭い。



「To my homies」で、"俺ら変わんないねえ"って笑う5人に、やっぱり言いようのない愛しさが込み上げてしまってつらかった。



大好きなのに、どうしてこんなにも後ろめたいんだろうって。



順序も優劣も気にせず、三つ横並びで楽しく応援できる柔軟性は生憎持ち合わせていませんでした。




わざわざ自分の胸に手を当てたりなんかしなくても、嵐に櫻井翔くんにとてつもない尊敬心を持つ不器用な彼の、彼の居場所であるグループの、これからに賭けたいと思っているから。



高すぎるポテンシャルを持って常に逆境をも捻じ曲げる戦闘態勢でありながら、まだデビューという第1章を知らない彼らの、プロローグを一緒に綴っていきたいから。




ナンバーワンでありオンリーワン、唯一無二以外を知らずに、これからも知ることがないと疑わなかった嵐を、今さら2番目3番目に置くなんてこと出来ませんでした。



(書きながらいよいよ本当に意味がわからなくなってきました)




誰か分かってくれる人居ないかなあ。居ないよなあ。





こんな訳の分からない悩みや後ろめたさを抱えながら応援するぐらいなら、いっそキッパリ「降りた」って言葉で楽になってしまいたい。

そう思いながら、今のままじゃ「こんなのでファンなんて言えない」し「こんなので降りたなんて言えない」し…ってまたうだうだ悩んで。




どちらに転んだとしても、もうちょっとやそっとで揺らいだりしない大きなきっかけが欲しかった。優柔不断な私でも、決断させてくれる何かが欲しかった。








そして、6月17日。



嵐のワクワク学校2017。

今年の生徒は、我らがSexy Zone





今日が嵐の「現場納め」だと、固い意志を持って臨みました。




実質今日は、大好きなアニキとのお仕事をがんばる風磨くんの応援に行くのだと自分に言い聞かせました。




実際、緊張でよそいきモードながらも一生懸命に頑張るSexy Zoneの風磨くんが、可愛くてずっと追ってました。


櫻井くんに「風磨、」って呼ばれた途端に声張って嬉しそうに受け答える風磨くんが本当に可愛くて。




でも、これまた意味の分からない気持ちがずっと端っこに居座ってて。




嵐を見ていないことへの罪悪感。
もう本当に自分が嫌でした。
いやもう別にええがな!って、分かってました。

でも割り切れなくて。どうしても気になって。

モニターに映し出された当時の5×10の映像を見ながら、周りの人が啜り泣く中で視界の右下に小さく見えるピンク色に気を取られてしまう自分が情けなくて。




この時点で誰がどう見てもすべき決断は分かるはずなのに、この時の私はとっくにキャパシティオーバーで何も気付けませんでした。




手を振ることすら出来ずにジッと見つめながら目の前を通り過ぎて去っていく櫻井くんと、向かってくる風磨くんの乗った2つのトロッコがすぐ目の前ですれ違ったあの瞬間。


まともに見ていられなくて。
「私の精神状況と同じじゃーんアハハ!」なんて、どう頑張っても思えなかった。思いたくなかった。
本当に、どっちにも手を振れなかった。櫻井くんに本当の意味で手を振ることになるのも、それですぐに切り替えて風磨くんを清々しく迎えたことになるのも怖かった。







どうしてもこのまま変な気持ちで今日を終わらせたくなくて、日付けが変わりそうな帰り道、真っ暗のなか1人で5×10を聴きました。




そしたらイントロの時点で、色んなことがフラッシュバックしてきて。








母が録画していた花より男子の第1話を、日曜日のお昼にスパゲッティを食べながら観たのが私の一番古い記憶で。

毎週日曜日のお昼に花男→宿題くんを観るのがお決まりだったこと。

Mステで見たWISHの櫻井くんがかっこよかったこと。

花男Fを公開日に観に行ったこと。厨房でのアクションシーンが怖かったこと。

後から道明寺が花沢類を殺してるのを見て余りにショッキング過ぎてしばらくトラウマだったこと。(ドラマ「スマイル」の話です)

ひみあらのVIPルームで最後にハグされるのが嫌で毎週櫻井くんが選ばれて欲しくなかったこと。

TIMEが好きでいつも車でかけてもらっていたこと。
特にWAVEと太陽の世界が好きだったこと。

毎日新聞に広告で嵐が載っていないかチェックしていたこと。WiiauのCMが大好きだったこと。

風の向こうへ」を、小学校の友達とパート分けまでしていつも歌っていたこと。友達にCDの歌詞カードを破られて泣いたこと。その友達が智くんのファンになって、嬉しかったこと。

大奥を観に行ったけど、さっぱりちんぷんかんぷんだったこと。佐々木希が大っ嫌いだったこと。

Believeのラップをいつもコソ練してたこと。

初めて自分でお小遣いを貯めて買ったのが5×10のアルバムだってこと。5×10を聴きながら、幼いながらに良い曲だなあと思ったこと。Attack it!のイントロに、毎回びっくりしていたこと。

an・anの特集がエンタメニュースに流れた土曜日、朝から人生初の鼻血を出したこと。買おうとしてお母さんに怒られたこと。

特上カバチの最終回、キスシーンが見れなかったこと。

中学生になるまでファンクラブに入れさせないって言われて家族と大ゲンカしたこと。中学の入学式が終わったその足で、郵便局に入会金を振込みに行ったこと。

違う小学校だった二宮担の子と意気投合して、NHKホールまでオトダマの展示を観に行ったこと。

その年のワクワク学校で、初めて生で嵐を目にしたこと。

LOVEが外れて、グッズを買いに行ったらそこかしこでFUNKYを練習してるファンが居て悲しくなって帰ったこと。

塾のテスト受けてから徹夜で衣装とお弁当作って臨んだワクワク学校、余りの眠気にプリクラの列で立ち寝したこと。

ブラスト期間、ハワイの天気を携帯の天気アプリに設定していたこと。
辞書みたいな写真集が、めちゃくちゃ臭かったこと。

ピカンチは前列過ぎて首を直角に曲げながら見たこと。お葬式のシーンで謎のツボに嵌ってしまって笑うのを必死に堪えたこと。

デジコン直前に二宮担の友達が入院して大変だったこと。病院で一生懸命に団扇を作ったこと。コンサートまでに退院できて、2人で無事に行けたこと。
智くんが指を指してくれたこと。気球に乗って、言葉より大切なものを歌っていたこと。

Japonism、自分の名前が書かれたチケットでとんでもない席に入ったこと。初めての距離感に、景色に、音に、震えが止まらなかったこと。Sakuraのイントロがかかった瞬間に泣いたこと。

受験を目前に控えた夜、夜中の2時から宮城ブラストを見たこと。ユメニカケルでぽろぽろ泣いたこと。
願掛けみたいに、受験当日の朝も合格発表の前もユメニカケルに勇気づけられたこと。








そこまで思い出して気付けば、曲が終わっていました。
Attack it!が始まる前に、そっと音楽を消しました。






あまりキチンと思い出したこともなかった。

でも、語り尽くせないほど思い出してしまった。





痛いほどに痛感しました。
私のこれまでの人生には、片時も離れずに嵐が寄り添ってた。覚えているそのすべてに、嵐がくれた色んな気持ちがあった。

本当マセガキだったなあ。




嵐と出会ってから長い時間が経ったし、そりゃ時間には抗えず変わってゆくものもあって。でも、それは自分も然りで。




大好きだった人のことが大好きだった自分のことを今でも大好きなら、思い出・記憶ぜんぶ捨てるどころかずっと抱きしめてたいぐらいに大事なら、そんな過去まで精算してしまう「降りる」って単語は自分に宛てるべきじゃないなと思った。ていうか、不可能だ。





「嵐のことが大好きだなあ」
私はきっと、この気持ちなしでは生きてゆけない。






何故なら、私に「大好き」を教えてくれたのは、紛れもなく嵐の5人だから。







なんですぐに気付けなかったんだろう。
今まで何に必死に頭抱えて悩んでいたんだろう。




馬鹿らしくなりました。馬鹿らしくなれました。





嵐に抱く気持ちがいつしかドキドキから安心感に変わってしまったことが、寂しかったんだと思います。




もうドキドキできない自分なら、嵐を好きで居ちゃいけないと思ってたんだと思います。




でも、
安心感、いいじゃない。






東口の賑わいも、イオンの便乗っぷりも全部全部、嵐が教えてくれた恒例で、それが何よりアットホームな雰囲気で、安心感で。


何より、Love Rainbowが掛かった瞬間も、ふるさとが流れる瞬間も、全部わたしの「安心」でした。






ガキンチョだった頃の淡い気持ちと確かな安心感を乗せて、私はこれからも嵐を応援していきたいと思いました。





「応援しなきゃ」じゃなく、「応援したい」と思いました。





そんな悟りを開かせてくれた夜道の5×10を思い出しながら今改めて聴き直してみたら、ずっと嵐→ファンへの曲だと決め込んでたはずが、なんだか わたし→嵐への歌に聴こえてきました。





今年のワクワク学校で、5人の先生がわたしに教えてくれたこと。



私は、嵐のファンを辞められません。



今まで色んなことを嵐のせいにしてみたり、ヤケになってみたり、夜中に泣いたり本当に色々ごめんなさい。





こんな面倒臭い小賢しいうっとおしいふつつかなファンですが、これからもどうかよろしくお願いします。









これからもありがとう、嵐。













すっきりした!なんだこの記事自己満にも程がある!
およそ10ヶ月、この面倒な案件のおかげで勝手にいっぱい泣いたけど、今はこれでいいやって思ってる。

それにしても、本当にオタクに向いてないなあ、わたしは。色々とリペアしたいところだらけ。






ン〜〜〜〜〜!20周年が待ち遠しいなァ!(黙)